ファーストコンタクト

誰にも座られていない席がある

教室の一番後ろの一番端

日当たりの良い窓際に常時設定で、席替えの影響を一切受けない

そして今は俺の隣の席

というより、俺が席の隣というポジション

その席は進級して1年経っても空席のままで、

話を聞くとその席は入学当初から空席だったそう

今その席は物置の様な扱いだったり、

昼寝をする生徒の指定席だったり

その空席を見る度に、

俺はこの席の所有権を持つ人物に興味が沸くのだった。

一週間前、その空席の上の私物を片付ける様、指示が出された。

ついにこの席の持ち主が復活するのか、と、暫くは教室内に妙な雰囲気が流れた。

それから一週間、空席は相変わらず空席で、今はなんだ、みたいな

何も無いじゃん、みたいな。そんな雰囲気が、うっすらと漂っている。

その空席を隣の席とする橋葉章も、その雰囲気を作っている一要因だった。

「おまえさんは相変わらずつまんなそうな顔してるねえ」

「五十嵐、」

妙に間延びした口調で話しかけてきたのは五十嵐というひょろりとした男。

よっこいしょ、とか何とか言いながら、俺の隣の空席に座る。

のらりくらりという言葉がぴったりの良く理解できない奴だ。

「・・明日、この席埋まるらしいよ?」

特技は、情報収集。

この高校は付属幼稚園まである大学の付属校なので、当然人数は多いし、高等部だけに限ってもそれなりに大規模な学校だ。

にも関わらずこいつは校内中の情報を殆ど網羅している。

ゴシップ系のストックが多いのは趣味だろう。

ただ情報を流す相手はそれなりに選んでいるらしく、本人なりの線引きがあるのは目に見えていた。

「お前は相変わらず耳が早いな。どんな奴?男?女?」

「男。このクラスは暑苦しいねえ。橋葉が女装でもすれば華やかになって面白いのにねえ」

にやにやとこちらに視線を向けてくる。

こいつの笑い方は目が全く笑っていなく、最初はそれが素なのだと気付くには暫く時間がかった。

「そういう五十嵐こそ、講堂でセミヌードでもしたらどうだ?カメラ回してやるよ」

にっこりと応じてみる。五十嵐はおお怖っとつぶやき、それから続けた。

「おまえさんのその腹黒さを、皆に伝えてやりたいね」

「へえ?好きにしてみろよ」

別に隠しているつもりはなかった。

向こうがそんな態度を望むから、望まれてる姿で相手をするだけ。

五十嵐が情報を提供する相手を選ぶ様に、俺だって選んでいるだけである。

「橋葉、」

やっぱりというか、案の定というか、放課後の廊下、担任に呼び止められた。

若いはずなのに疲れたようなやつれた声で話すのが特徴。

おそらく伊達であろう黒縁の眼鏡をかけて顔を覆っている。

(人付き合い苦手なら、教師なんてなんなきゃよかったのにね)

「なんでしょう、先生」

内心ではこんなことを考えならがら、にこやかな応対を心がける。

五十嵐の特技が情報収集なら、俺の特技は猫かぶりだろうか。

「お前の隣の空席あるだろ、」

「ええ」

「明日、その席の生徒が復学するんだ」

既知の事実。

「へえ、そうなんですか。1年は空席でしたよね」

「色々あってな……まあ、そうだな、早いこと言えば入院してたんだが」

歯切れの悪い返事が返ってくる。

しかしここでそれを追求しても仕方が無い。

「わかりました。それで、何をすれば?」

「これも色々あって・・その復学してくる生徒は…何ていったら良いか、何か困ったことがあっても自分から助けを求めないという
か………例えば、教室が分からなくても誰かに聞こうとか、そういう考えが浮かばないんだ」

いやこの言い方は何だとは思うけど……と、言い訳がましく付け足す先生。

「良く話が分からないのですが…」

「そうだろうなあ…でもまあそれだと折角復学できるのに勿体無いだろう。だから橋葉に積極的なコミュニケーションを取ってもらい
たいと思ってるんだが」

(……席替えから、仕込みだったわけか…)

通常席替えは担任のパソコンでランダムに振り分けられ、学期ごとに黒板に掲示され、変更がなされる。

その生徒が復学するのは半年前から決まっていて、学年委員でも何でもない俺にそんな面倒な役割を押し付けるために、わざわざ席替
えの仕込みをしたというのか。

(……ご苦労なことで)

内心呆れ返っていたが、おそらくこの担任は俺が断わるかもしれない、という可能性は一切考えていないはずだ。

「引き受けました。その生徒をサポートすれば良いんですよね」

そう一言伝えると、疲れた担任の声に少しだけ熱が入り、

「ああ、助かるよ!そう言ってくれると思っていたんだよなあ、さすが、橋葉だ」

熱烈感激されてしまった。

「ありがとうございます」

微塵も感じていない感謝の言葉を述べてやんわりと微笑んでおく。

「では、失礼します」

「ああ、また明日、宜しくな」

さすが さすが さすが さすが さすが さすが

俺がこの世で一番嫌いな言葉だ

翌日。

まだ時間が早いからか、教室に居る人数はまばらだ。

「橋葉、昨日山本に呼び出しくらったんだって?」

机に鞄を置くやいなや五十嵐の声が耳に入った。いつの間に、こんな近くに。

山本というのは例の疲れた担任である。

「…ほんとに耳が早い」

半ば呆れながらそう呟く。

どうせ話の内容まで全て知っているだろうに。

「説教?」

「まさか。今日くる復帰生の件だよ。サポートしろって。そういうのは委員にやらせろって言いたかったね」

声を潜めてそう言うと、五十嵐はそんな俺の努力を気にも留めず声を上げて笑った。

「それだけおまえさんが教師陣に厚い信頼を抱かれてるってことじゃないか!優等生も大変だねえ」

「……冗談じゃない、全く」

空席を埋めるのが誰なのか、興味があったのは事実だ。

だがその人物の世話係となると話は別。

そんな面倒な事を誰が進んでやりたいと思うだろうか。

こんなに人数の多い学校なんだから、どこかにものすごいおせっかいな奴もいるだろう。

適材適所。

俺には人の世話をするのは向いていない。

チャイムが響いて、担任が入ってくる。

出席確認もいいとこに、何ヶ月も前から復学が決まっていたであろう復帰生を、さも急遽決まったかの様に紹介し、迎え入れる前置きを白々しく作り始めた。

何も知らされていなかった他の生徒達のちいさなどよめきが起こる。

それは種を知っている手品の様に、ふざけた余興にしか見えなかった。

窓の外、

中庭の木が涼しげな木陰を作り、葉を揺らしている。

強い風に煽られてか、その葉が大量に舞い、窓に当たる。

中庭に植えられてしまった木は中庭の狭い視界しか手に入らない。

(…退屈だろうな)

風の助けを借りてもなお、この壁を越えることはできないのだから。

(俺だって、似たようなものか)

ぼんやりと外を眺めているうちに、あらかたの前置きは終わったらしく、とうとうその空席を埋める生徒が呼び込まれた。

先ほどのちいさなどよめきとはまた違った…大きさの程度の問題ではなく、感嘆の溜息の様な、そんな不自然などよめきに包まれた。

俺もそれにつられて、窓の外に向いていた関心が、教室の正面に移動した。

「……!」

衝撃 だった

透明感のある肌に、色素の薄い髪。そして細すぎる華奢な骨格。

こんなに離れているのに、髪と同じく色素の薄い長い睫毛が大きな目を縁取っているのが見て取れる。

俯いてても明らかな左右対称な相貌。

そんな中でやけに赤い薄い唇が、何とも形容しがたい色香を醸し出している。

(……何、これ人間?男?)

「え、女の子?」「ばか、制服見ろよ」「見たことないこんなの…」

考えることは皆同じらしく、口々にそんな声が上がる。

「あー、ほら、静かにしてくれ。……ほら、自己紹介、」

担任に促されて、俯いていた顔が少し上がる。

その顔があまりにも綺麗で、思考が止まってしまった。

「…和泉、直矢、です」

消えそうに小さな声でそれだけ呟くと、また俯く。

(いずみ…、なおや…っていうんだ)

「それだけ……や、まあいい、じゃあ和泉、席、あの奥だから。空いてる席分かるだろう」

またも担任に促され、この空席へ向けて歩きだした。意思とか無いのか、こいつ。

色んな視線を集めながら、にも拘らず無表情で席まで辿り着き、ついにやっと、この空席は埋まった。

無表情で、俺の隣に腰を下ろす。

(普通、隣とかって、一瞥くらいはするもんじゃないの)

そんな俺の考えに反し、結局一瞥どころか表情も変えないまま、ショートホームルームが終わった。

この和泉直矢の紹介は、9割方担任によって行われた。

最も紹介と言っても、昨日俺が聞いた入院やら何やらのワードは一切出てこず、何もかもがぼかされた、要領の得ない紹介だった。

ぼんやりと、何を見ているのか、何が見えているのかも良くわからない目をしている。

そんな、第一印象だった。

<ファーストコンタクト:END>