白黒

暴力描写あり(苦手な方はご遠慮ください)
#橋葉x和泉

和泉と携帯のアドレスを交換した。

驚いた事に、和泉の携帯に登録されていた番号は僅か7件。
「妹尾貴樹」なる人物と、後は全て病院と思われる6件だった。
加えて和泉は携帯電話の機能を半分も使っていなかった。

「・・・和泉、これじゃあ携帯がかわいそう」
「・・・そう?」

アドレスの登録方法も知らなかった和泉に代わって操作しつつそう非難すると、何ということも無さそうに小首をかしげた。

(狙ってるんじゃないなら、相当悪質だ、これは・・・)

和泉との距離が縮まったように感じられるのは、錯覚では無いだろう。
以前より無防備になった和泉は、いろんな方向に危うしくて。
自分がどれだけ人目を引く容姿をしているのか、絶対に分かっていない。

「ちょっと気になったんだけど、妹尾貴樹って誰?家族ー?」

暫く逡巡して、自分の真っ黒な携帯を閉じるのに被せて、口を開いた。

―――何気ない振りをして尋ねたのを、気付かれていないだろうか。

違和感を感じない方が変だ。
登録している番号7件。
珍しいとは思うが、別にありえない話では無い。
けれど、その内容は?
個人名らしきデータが一件とは、どういう事なんだろうか。

(・・・両親、とか、普通・・・入ってるもんじゃないの)

あの日会った女性・・・妹尾小百合と、この人物が無関係だという可能性は低い。
仮にその二人が夫婦だったとして、なぜ一件分の登録しか無い?
それ以前に、本当の両親は?
五十嵐から、和泉は両親と暮らしていない、と聞いている。
どういう経緯かは知らないが、確実な情報筋を持っている五十嵐の言う事だから、それは恐らく事実だ。
(・・・まさか、)
和泉との最初の会話らしい会話を思い出す。
『両親も親戚も、おれの所為で死んだ』
あの時の和泉はまともな状態じゃなかったから、半信半疑だった。
けれど、確かに、そんな事を、言っていなかったか―――・・・?

「兄。・・・みたいな人」

細い腕が伸びてきて、飾り気のない白い携帯電話を掴んだ。
はっとして我に返る。
勝手な詮索は止めようと、自戒したばかりなのに。

「ごめん、敢えて見るつもりは無かった」
折角近づいた距離がまた広がるのが嫌で、反射的に謝った。

警戒心に火がついたのか、和泉は黙ったまま顔を上げない。
長い睫毛が頬に影を落としているのが、やたらに目立つ。

自分は今、緊張している。
はっきり、それと分かった。

「8番目」

そう言いながら、自分の携帯で和泉の手元の白を軽く小突く。
独特のメタリックな音が沈黙に染みた。

「・・・?」

和泉はまた首を傾げる。

「和泉の携帯の中の、俺のアドレスのナンバー」
意識して笑いかけながら、慎重に言葉を選ぶ。
「いつでも電話して」
大丈夫、俺は敵じゃない。
伝わって欲しい。
(人に限ったら、2人目だけどね)
心の中で、そう付け足す。

「ああ・・・そういうこと」

和泉が、ふわりと微笑んだ。
あまりにも綺麗で、あまりにも儚げで。

もっと笑って欲しい。

窓から差し込む光と、この白い空間に、和泉が溶け込んでしまいそうに感じた。

#南条x五十嵐

完全下校のチャイムが響いてから、2時間後。

完全下校とはいっても名ばかりで、この時間まで残っている生徒はまず居ない。
委員会や、部活といった諸活動も、このチャイムの30分以上前に完全終了させる規則だからだ。

職員会議を終えた南条は、各階の保健室の施錠を確認し、呼んでおいたタクシーに乗り込んだ。
自宅の住所を形式的に伝える。
ほぼ毎日と言っていい程の利用率で、十中八九覚えられているのだろうと思うが、儀式みたいなものだ。

タクシーが夜の雑踏に紛れたのを確認して、マンションの入り口に向かう。
暗証番号を入力し、エントランスへ足を踏み入れた。

ガラス張りのエレベーターに乗り、気だるそうに背を預け、何条は溜息を吐いた。
もう何度目か分からない。
これからの事を考えれば、気が滅入るのも仕方の無いことだった。

最上階。
エレベーターは止まる。

南条はエレベーターを降りて直ぐの自動ドアにカードを翳した。
そうさえすれば後はコンビニやファミレスの入り口と遜色ない。
音も無く開いたドアは同じ速度で閉まっていった。
頭上の小さなランプの点滅。

カードキーを差込み、自室のドアを開ける。
煌々とした橙の照明が、廊下に広がった。
ひょろりとした人影が、目の前に現れる。

「お帰りなさい、先生」

「ええ」

長い夜が始まる。

#南条x五十嵐

「突然メールで呼び出すなんて、珍しい」

そう言いながら、五十嵐はテーブルにコーヒーを置いた。
勝手知ったる恋人の家。
南条のキッチンには、五十嵐のマグカップもある。

『私の家に居てください』
そんな簡潔な文章で呼び出されて2時間。
マンションのセキュリティを抜ける為のカードキーは持っている。

「淹れたてです」
「・・・ありがとうございます」

南条の向かいに腰を下ろす。
五十嵐の手には自分の分のココア。
沈黙の中、湯気が立ち上る。

「本当に、どうしたんです?」
何も話さない何条に、五十嵐は痺れを切らした。
ココアを一口啜り南条を見据える。
南条は溜息を吐き、そして重い口を開いた。

「・・・幸喜、この間・・・、和泉くんの事、聞きましたよね」

予想していなかったワードに、五十嵐は目を瞠った。

「ええ・・・聞きましたけど、」

確かに聞いた。
けれどその時の南条の返事は芳しいものでは無かったはずだ。

「まだ気になってますか」
「勿論」

話が見えない。
和泉がどうしたというのだ。

五十嵐の即答を聞いて、南条はノートパソコンを取り出した。
紺色で薄いそれは、五十嵐の知っているものだった。
南条が学校で、支給される一台の他に、私用で使っているもの。
一緒に選びに行ったものだから、忘れる訳が無い。
しかし自宅にはデスクトップ型のパソコンがある。
怪訝そうな様子の五十嵐に気付いたのか、南条は補足した。

「今から見せたいものが・・・学校で偶然見つけたものだったので。アドレスを記録したり家のものに送るのが億劫で、持ってきました」
南条はパソコンを起動した。
「・・・見せたいものって、」
「約束して下さい」
インターネットのアイコンをダブルクリック。
「絶対に口外禁止です」
「・・・先生との約束は、守ります」

よくできました、と言わんばかりに頷いて、南条は手招きをした。
確かに正面に座っているより並んだ方が見やすいのは当然だ。

(そこで自分は動かないのが、先生なんですよねえ・・・)

内心は苦笑しつつも五十嵐はそれに従い、南条の背後から画面を覗き込んだ。

黒、ピンク、赤。
目がいかれそうなデザインのホームページが表示されていた。
卑猥な画像の点滅広告。

「・・・なんですか、これ」
「盗撮動画投稿サイトです」
「勤務時間中にこんな所サーフィンしていたのなら、軽蔑しますけど・・・いてっ」
「見ないなら良いんです。私は幸喜が知りたいだろうと思って暇を見つけては調べていたのに」
「あっ、あー、分かりました!分かりましたから叩かないで下さいよっ」
「ふふ。まあこれも半ば仕事なので、別に良いんですけど。・・・これ、見てください」

ふざけた南条の様子が変わるのを感じた。
すっ、と、背筋に一本冷たいものが流れる。
これは、緊張だ。

いくつかの操作の後、画面にはひとつの動画のアップローダーが表示された。
南条がマウスを明け渡したので、五十嵐は身を乗り出してそれを動かすことにした。
ロード画面が続いていたので、スクロールさせ、レビューを読む。

『怯えた表情がたまらない』
『男?』
『続編キボンヌ』
『画質最悪。内容本物』

「幸喜、」
南条に肩を叩かれる。
気色悪いコメントの羅列に気を取られて、動画が始まったことに気付かなかった。

恐らく携帯で撮られたものなのだろう。
独特の音の割れた雑音と、粗い画質。

会話の流れから、悪い予想しか出てこなかった。

#南条x五十嵐

数秒間真っ暗なままだった画面が、突如真っ白な天井を映す。
蛍光灯、と認識した時には既に画面は動き、人影を数名捉えていた。

どうやらここはどこかの保健室らしかった。
普段目にしているものより格段に狭いが、保健室なんて結局はどこも同じようなものだ。

ベッドの上には、華奢な人影が一人。
それを押さえ込む様にして、一人はその人影の腕を押さえ、もう一人が覆い被さっていた。

『ホント細っせーなあー!』
そう言った茶髪の男は、突如カメラに視線を向けた。
耳元が光を弾いた所を見ると、大きめのピアスをしているのだろう。
『おい、あの噂本当なんだろーな』

(・・・噂?)

次に聞こえた声は他のものよりも明瞭で大きく、撮影者のものと推測できた。
『こいつが誰とでもヤらせてくれるってやつだろ?』
こいつ、の所で画面に撮影者の手が映り込み、ベッドの上の人影を指す。
『俺が聞いた話だと、先公限定のウリだってやつだけど』
『まーどっちでもよくね?核は変わんねーじゃん』
下品な笑い声が割れた。
画面が揺れる。

『なっ・・・何、それ、』

突如、小さな声が上がった。
抵抗も無くされるがままといった様子だった華奢な人影に動きが見える。
いきなり画面のピントが合わなくなった、と思ったら、ズームのし過ぎだったらしい。
顎と唇が画面一杯に映し出される。
ズームアウトされていき、整った鼻梁、細い首筋が、徐々に露になっていった。
そして、人影全体の顔を映し出す。
肩まである長い髪は乱れ、顔も長い前髪が覆っていたが、その顔には見覚えがあった。

「ちょっ、ちょっとまさか、これ、」

五十嵐は慌てて進む動画を一時停止した。

警戒心で満ちた大きな瞳。
長い睫毛がそれを縁取り、粗い画面の中でもそれは際立った。
五十嵐自身の記憶のそれより髪は長く、今よりも痩せているが、これはまるで――・・・

「和泉、直矢・・・?」

何も言わず、辛そうに南条は頷いた。

「先生?これ、一体どういう・・・?っていうか、いつの、何でこんな・・・」

「彼の、中学生の時の映像です。後で、色々と説明しますから、此処まで見たなら、最後まで見てください」

一呼吸置いて、南条は付け足す。

「・・・あまり、長時間引きずりたいものではありません」

「・・・っ、・・・分かりました」

躊躇いながらも、動画を再生する。
当然ながら、肯定されたからこそ余計に、画面の向こうで恐怖に怯えているのは和泉だった。

『何、それ、・・・そんなの、知らな・・・っあ!』

今までに一言も話していない、和泉を覆っていた一番大柄な金髪が、和泉を突き飛ばした。
あっけなく和泉は後ろに倒れる。

『うるせえ!抵抗すんなって言っただろうが!』

耳障りな大声と共に、何かの破ける音が聞こえたと思ったら、和泉の鎖骨が露になっていた。
和泉の悲鳴が響く。
撮影者の口笛が聞こえた。

『嫌だっ・・・!助けて、っ誰か!助けて!』

折れそうに細い腕で金髪の身体を押しのけ、身を捩って逃げようとする和泉。
上体を勢いづけて起こすも、ふらりと横に倒れ込んだ。
身体を折り、苦しそうに肩で大きく息をしている。
息遣いまでは聞こえて来ないが、それが苦しそうなものだとは想像に易かった。

「和泉・・・具合悪いんじゃ、」

思わず、五十嵐は呟いていた。
おそらくは、と押し殺した南条の応答。

(・・・和泉、逃げてくれ、)

無駄だと分かっていても、この先の想像が幾ら容易でも、そう思わずには居られない。
画面に指を這わせそうになりながら、祈るような気持ちで画面を見つめた。

『なーぁ岩林、お前も見たいだろ?騒ぐなって、お前から言ってやれよ』

(まだ、人が居たのか・・・!)

ピアスの彼がカメラのすぐ脇を見やって言う。
撮影者の左側に、どううやらもう一人、岩林なる人物が居るらしい。

『え・・・っ、あ、の、』

突如話を振られた岩林の声は、震えているようにも聞こえた。
ここで、その他の3人と、岩林との権力関係を知る。
画面の向こうの和泉が、ぱっと顔を上げる。
苦しげに歪んだ顔は、泣きそうに見えた。

『ほら、言えよ』と撮影者。
沈黙が包み込む。

『・・・じ、じっと・・・してて、くれ・・・』

やっと発せられた岩林の語尾は聞き取れない程小さかった。
和泉の顔から、表情が抜け落ちる。

後はもう、酷いものだった。

#南条x五十嵐

和泉のシャツは完全に破られ、乱暴に素肌を撫で回される。
連中のメインはそこではないらしく、シャツは脱がされることもなく和泉の身体に纏わりついていた。

和泉はもう、抵抗のそぶりも見せない。

痛みと不快感から顔を歪めるも、連中に流される和泉は見ていて痛々しいなんてものでは無かった。
ベルトの巻かれたズボンも、膝までにしか下ろされず、一層和泉の自由を奪っていた。

和泉は何度か嘔吐した。

ピアスの男に下を犯されながら、身を捩じらせる。
和泉の咳き込む声が聞こえた。
『っとに、汚ねっ、なあ、おい』
興奮に満ちた声。下卑た笑い声。
大柄な金髪は、まだ呼吸の落ち着かない和泉の顎を掴み、無理やり顔を上げさせた。
苦しげに息を吐く和泉の口に、金髪は自身を捻じ込んだ。
金髪の動きと対になる和泉の呻き声。
もう吐き出すものも残っていないのか、和泉はむせ返った。
苦痛に歪んだ和泉の顔が画面を占めた。
涙の痕。目は真っ赤。
『っ、ゲホッゲホッ、はっ、はあっ、はあっ、』
悲鳴に近い、掠れた和泉の声。
和泉が、壊れてしまうのではないかと思った。
予想というよりも、もっと確実性が感じられる位に、何もかもがぐちゃぐちゃだった。
そして金髪は、ぐったりと投げ出された和泉の腕を、掴んで引き寄せた。

「停止して!」
「!」

南条がマウスを奪うようにして手に取り、動画を止めた。
目を疑う映像にのめり込んでいた五十嵐は、突然上がった南条の声に心底驚いた。

「ここ、見て」

そう言って南条が指したのは、金髪が掴んだ和泉の腕。
二の腕を掴まれている為、肘から下は力なく揺れている所だった。
カメラが和泉に寄っている所為で、細部までよく見える。
五十嵐は南条の言っている事を追おうと、目を凝らす。

数え切れない程の切り傷が、その細い腕にあった。

「・・・!?」
ぎょっとして振り返ると、南条が悲痛そうな面持ちで頷いた。
南条はマウスを操作し、また動画を再生した。
「な・・・っ」
「あと1分です」
「もう十分だ」そう言おうとした五十嵐を遮るように口を開いた南条。
「あと1分で、終わりますから」

画面の中、金髪は和泉を殴った。

和泉は、がくりと上体のバランスを崩し、糸が切れた様に倒れた。
気を失ったのだろう、微塵も動かない。
連中の焦りが画面越しに伝わってきた。

『お、おい、動かねーぞ、こいつ』
とピアス。
『え、まさか、・・・死?』
と撮影者。
『ムービー止めろ!』
と、鬼気迫った金髪。
『っどーすんだよ、山辺っ!』
叫ぶピアス。

そこで、映像は終わった。

生々しい暴力の映像で、張り詰めていた緊張が解ける。

「・・・え!?今、山辺、って?」

まだ冷静さを取り戻していない五十嵐の脳は、聞き覚えのある単語を拾って動揺した。

「あのピアスの彼の視線から判断するとすれば、恐らく”山辺”というのはあの金髪でしょうね」

山辺。
聞き覚えがあるのは当然だった。

「・・・前校長と、同じ苗字・・・」

五十嵐の呟きを肯定するように、南条は頷いた。

#南条x五十嵐

「・・・冷静に、考えましょう」

南条はすっかり冷めたコーヒーを一口啜った。

山辺信太郎前校長。
あと2年で定年と言える年齢だというのに、去年体調不良を理由に突如退職した。
これといって特徴のある人とは言えず、教頭の方が生徒の認知度は高かった。

「でも山辺って・・・これといって珍しい苗字では無いですよね」
南条のパソコンから離れ、元の向かいに腰を下ろした五十嵐が問う。

「・・・実は、和泉君の入学を決めたのが、山辺前校長なんです」
「・・・え?」
「和泉君は、幸喜も良く分かるように中等部からの繰り上がり組みではありません。外部受験生という扱いになるのですが、和泉君は入学試験を受けていません。突然入学手続き用紙をぺらりと持ってきて、推薦入試の枠に追加しといてくれ、と、・・・いわば、不正入学ですね」
「・・・はあ?」

突拍子も無いその事実に、五十嵐はただ唖然とするばかりだった。

南条には養護教諭という役職の他に、全校生徒の情報管理の仕事が与えられている。
全校生徒はおろか、教職員全員分の個人データが、南条に一任されているのだ。
正確な情報を確実に保管し、名簿管理が義務である。

「どういうことか尋ねたんですが、知人の繋がりで、人助けで、と、はぐらかされてしまいました。その時に、和泉君の過去を聞いたんです」
「・・・過去?」
「ええ。その時聞いたのは、両親の虐待を受けて精神バランスを崩していて、親戚の家に住んでいる・・・という事でしたが、この映像を見て、疑わしくなりました」
9割方嘘でしょう、と呟く。
「・・・手首・・・というより腕全体でしたねえ・・・傷跡が」
「気付かなかったかもしれませんが、衣服で隠れていた腹部や背中には、皮下出血、打撲痕が多くありました」

沈黙が支配した。

「・・・その入学手続き用紙も嘘が記入されていたと、この間はっきりしました」
「この間・・・というと、和泉が、早退した・・・?」
「それはきっかけです。あの時迎えに来た青年・・・妹尾貴樹、という名前なのですが、彼の到着があまりに早かった事が引っ掛かりになって」

南条がコーヒーを啜ったのにつられて、五十嵐はココアを飲み干した。

「保健室に設置してある電話、外線着信の通話記録を自動的に録音する設定になっているんです。それで、橋葉くんと妹尾さんの通話を確認したところ、最後に車のエンジン音が入っていたんです。いままさにキーを差し込んで・・・と考えるのが自然な音でした」
「・・・それで?」
「昨日、和泉君が学校に提出した書類に記入されていた住所・・・幸喜と橋葉くんが向かった先ですね・・・に、行ってきたんです。あの家に、ガレージは無かった」
「・・・近所に、月極駐車場とかって・・・」
「通話の様子から考えるに、可能性としては低いです。妹尾さんは、橋葉くんの『ご在宅ですか?』という質問に、『一応まだ自宅です』と答えているんです。”一応”が自宅の駐車場内を差しているのか、アパートやマンションの駐車場をさしているのかは分かりませんが、いずれにしろ、住居と駐車場はセットでなければならない」

唖然として、五十嵐は言葉を発する事が出来なかった。

「前校長の息子が問題を起こして、それの尻拭いか・・・あるいは隠蔽の為に、何かしらの好条件を和泉くんサイドに提示して、和泉くんをこの学校に入学させた・・・と考えるのが、自然な気がしてなりません。危険因子の居所は、明らかなのに越した事はない」

「・・・先生との約束、少しだけ、破ってもいいですか」

「なりません」
南条は鋭く五十嵐を睨んだ。

「・・・橋葉は、無自覚なのか、認めたくないのか分かりませんが、和泉のことが、恐らく好きです。友人を越えて。あの何事にも冷めていた橋葉が、ですよ。橋葉は、俺が唯一100%の信頼を置ける友人です。和泉にだって、橋葉みたいな奴が必要なはずです。先生も言っていたでしょう。・・・これを知らないのは・・・酷すぎる。これを知るべきは、橋葉だ」

和泉には何かある、ということは自明だが、それの中にこんなものが含まれていると、誰が想像出来よう。
和泉が周囲に対して警戒的になるのも無理はない。
心を閉ざすのも無理はない。
だからこそ、何の予備知識もなく、もし橋葉が対応を誤って、二人の関係が取り返しのつかない事になったら。

「先生、お願いします」

「分かりました」

以外にもあっさりと、南条は承諾した。
鋭い視線が和らぐのを感じ、五十嵐は胸を撫で下ろす。

「その代わり、条件があります」
「条件?」

「和泉くんの両親と、住居に関する情報を、早急に集めてください」

にっこり、といつもの微笑み。
五十嵐は肩の力が抜けるのを感じた。

「・・・まさか、最初からそのつもりで?」

「さあ?どうでしょう。・・・あなたのお父さんにやってもらわなくても構いません。事務所の暇な人でも良いんです。皆有能だと存じ上げていますから」

五十嵐の父親は、テレビに出る程の有名な弁護士だ。
事務所の大きさは群を抜いている訳ではないが、顧客数は目を瞠るものがある。
(そもそも事務所の大きさはそんなに重要ではない。)
徹底主義の南条は、疑わしい個人書類の真偽、教職員の不正を確かめる為、何度か利用している。
勿論、五十嵐を通じて。

「・・・うちは探偵でもないですし、興信所になった覚えもありませんけどね」
「いつも助かっていますよ。・・・幸喜とお父さんが仲直りしてくれて本当に良かった」

南条と五十嵐が出会った当初、五十嵐と父親の仲は最悪に険悪だった。
その実父親は年頃の息子との接し方が分かっておらず、五十嵐は第二次反抗期真っ只中だっただけなのだった。
今となっては仲良しも仲良し。
五十嵐の父親は存外結構な親バカで、あの厳つい男が息子の誕生日プレゼントに頭を悩ませてたりする姿は、結構見ものだったりする。

「・・・では宜しくお願いしますね。橋葉くんなら大丈夫でしょう。・・・くれぐれも、和泉くんのことを念頭に置いてください」
「はいはい。父には電話して置きます」

南条は微笑み、パソコンを閉じた。
そして空になったマグカップを、キッチンへ運ぶ。

水を流しながら、南条は背後の五十嵐に問いかけた。

「今日は、泊まっていくでしょう?」

当然!

その意を込めて、五十嵐は南条の首筋に唇を落とした。

>>白黒:END

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