それは、恋

ここ数日、どことなく空気がおかしい。
具体的に指摘出来るほど顕著なものでは無かったが、明らかにどこか浮ついていた。
それでいて浮き出てくるものをなんとか抑え付けている、そんな不自然さも漂っていた。

実害は無かったし、大して気にも留めてなかった。
だから、西沢から話を振られるまで、全く気が付かなかったのだ。

「ね、和泉大丈夫なの?」

そんな事を突然聞かれた昼休み。

「大丈夫、って?」

当然何の話か見当も付かず、そう聞き返した。

西沢は眉を潜め、それから周りを見渡した。
手には昼食後にも関わらず菓子パンが握られている。

「・・・知らないの?」
「・・・何を?」

そんな風に勿体ぶられたら興味が湧く。
和泉に関する話だったというのも、言うまでも無く原因の一つだった。

「・・・和泉が目ぇ付けられたって話」
「は!?」
「しーっ、声大きい!」

西沢は慌てて持っていた菓子パンで俺の口を塞いだ。

「うちのクラスじゃ、凄い噂になってるよ」

「・・・目を付けられたって、誰に?」

様々な予想を思い浮かべ、結果首を捻るしか無かった。
和泉が上級生とトラブルを起こしている姿なんて、どうにも想像に難い。

「柴田だよ。・・・心当たりある?」

「柴田・・・」

心当たり、と言われて、思い当たる節は一つしかない。

「その顔、あるんだね」

西沢はパンを頬張りながらも、真面目くさった表情で推察した。

柴田、といえば、以前廊下で倒れた和泉に暴力を振るおうとした奴だ。
その時の話をすると、西沢は合点が言ったように大きく頷いた。

「それだよ!それ。柴田の話知ってるでしょ?理由には十分だよ。あいつのプライドの高さといったらエベレストもびっくりなんだから」
「・・・声、大きいけど」
「・・・あ、」

柴田慶斗。
大手商社社長の一人息子で、いわゆる我が儘坊ちゃん。
プライドの高さは折り紙つきだ。
しかも厄介なことに、この学校柄仕方の無い事だが、親の仕事繋がりの取り巻きも少なくない。
子は親を見て育つ。
将来大事なビジネスパートナーないしは雇い主になる相手なのだから、それも仕方のない事だった。

「・・・なるほどね~・・・。ちょっと予想外だったよ。全然気が付かなかった」
「まー確かに橋葉の居る前で和泉に嫌がらせは出来ないよね。橋葉に睨まれる方がおっかないもん」
「なにそれ?・・・とにかく、その噂について教えて」

西沢は残りのパンを口に詰め込んだ。
声を一層潜め、そして続ける。

「なんかね、ちょっと前から色んなところで悪口はいってたみたいだよ。孤立させたかったのか知らないけど、でもさあ、和泉ってそもそも孤立するだけのコミュニティーが無いじゃん?だから鬱憤が溜まったみたいで・・・。この前すれ違いざまに和泉にぶつかってるの見たんだ。・・・あれ、絶対わざと!」

人を悪く言うことの少ない西沢が、ここまで腹立たしげに評するとは。

「その時、和泉は?」

「思いっきりふらついて、廊下の壁に激突」

思わず眉を顰めた。

体当たりを受けた和泉の姿を想像してしまったからだ。

でもね、と西沢は続ける。

「和泉も・・・ちょっと変だった。ぶつかってきた柴田を気にもしてないっていうか。びびってるとかじゃなくて、ああ、何かにぶつかったな、程度にしか捉えてないみたいだった」
「・・・」
「実際、ちらっとも柴田を見なかったよ。明らかにわざと体当たりされたのに、そのまま歩いていったし」

「・・・柴田としたら、おもしろくないだろうな」
「そう思う」

和泉は他人に対する興味が極端に希薄だ。

閉ざされたその向こう側が余りに遠くもどかしい程に。

(・・・というか、)

「西沢、和泉と仲直りしたの?」

え?という顔をされた。

「いや、仲直りとかそういうレベルでも無いけど・・・何か・・・微妙な空気になってただろ」

「ああ!あー、うん、あれか!あれは・・・もう、大丈夫」

西沢は、意味無く指先を弄る。

「何考えてるか分かんなくて・・・ちょと苦手だったんだけど・・・」

和泉は、

「この前廊下で会ってさー、この前ごめんって、和泉が言ってきたんだ」

「和泉が?」

「うん。その時なんてもうその事忘れてたんだけどさ。なんかほんとーに可愛いね!和泉って!」

俺が居なくても過ごしているじゃないか。

(・・・何となく、俺が守ってやらなきゃ、とか、思ってた・・・)

「あは、そうだね」

知らない和泉を、西沢は知っている。
そう思っただけで、頭が割れそうな程痛んだ。

>>それは、恋:END

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