「西沢ぁー、どっか寄って帰る?」
チャイムが鳴り響いて間もない頃、薄い鞄を肩にかけた友達にそう声を掛けられた。
「んー、今日はいいや。直帰してゲームしたい」
昨夜使用し、そのままの状態で残っているゲームの山を思い浮かべながらそう答える。
「そっか。じゃ、また明日」
「またあした~」
ひらひらと手を振る。
目線だけで彼等を見送り、何となく入り口に目をやった時、
「・・・あれ、」
そこに立っていたのは和泉だった。
和泉が一人でこっちのクラスに来た事なんて、今まで無かった。
というか、そもそも来た事があったっけ。
「和泉っ」
無意識のうちに声に出していた。
驚いた様子の和泉と目が合う。
「どしたの?」
正直、和泉は何を考えているのか分からない。
それでも、どうしてかやたらに興味が引かれるのも事実だった。
和泉は遠慮がちに教室内へ踏み込む。
「・・・橋葉を、捜していて」
騒がしい教室では、和泉の声は聞き取り辛い。
「橋葉?橋葉なら、生徒会じゃないのー?」
「生徒会?」
無表情とも取れた和泉の顔に、ぴくりと感情の刺激が滲んだ。
「え、和泉知らなかったの?橋葉生徒会役員だよ。今朝、集まるようにーみたいな放送流れてたじゃん」
「・・・生徒会なんて、あったんだ」
真顔でそんな事を言うから、思わず吹き出してしまった。
「ええ?うそ、マジで?ああでも、あれか、うちの生徒会超小規模だからね」
「?どうして、」
「どうしてって言われても・・・選挙とかしないし、そこまで目立った活動もしないしね」
「・・・意外」
「あは、僕もそれ思ってたよ!・・・あ、和泉椅子座ったら?隣の奴もう帰ったし」
そう言いながら椅子を引き、和泉を促す。
和泉は一瞬躊躇ったが、そのまま腰を下ろした。
不思議な事に、そこで初めて和泉とコミュニケーションを取れた気がしたのだ。
目線の高さが同じになった和泉は、落ち着かない様子で浅く腰掛けている。
「アホみたいに大きな学校なのにね、驚くよ、生徒会役員は、何と5人!」
「ご、・・・っ!?」
さすがの和泉も、驚きを隠しきれない様子だった。
「ほんとほんと。驚くよね~。選挙とかもしないの。ボランティアみたいなもんだよね」
「・・・選挙も、しないの」
「うん。みんな忙しいからね~。学年末とかそれどころじゃないし。でも更に驚いた事に会長は役員の指名権持ってるから、指名された人は半強制的にやんなきゃなんないの。あ、橋葉とかまさにそのパターン」
相槌の代わりに、和泉はぱちぱちと瞬きをした。
長い睫毛が頬に落とす影に見入ってしまった。
同じ男とは思えない程綺麗な顔。
「橋葉とあと一人・・・誰だったかな、忘れちゃったけど、・・・が、指名されて、あと会長とボランティア二名で成り立ってるんだよ」
「へえ・・・」
「だから万年人手不足らしいよ。橋葉に聞けばもっと詳しく聞けるよ」
和泉はふと首を傾げた。
ぼんやりとした様子で、同じ事を誰か別な人にされたら少なからず不愉快だろうに、和泉相手にそんな感情は生まれなかった。
「和泉、大丈夫?」
あの噂を思い出して、つい聞いてしまった。
「なにが?」
時間がゆっくり流れている。
「はは、なんでもなーい」
沈黙が訪れたのを契機に、和泉は「じゃあ・・・」と言って、席を立った。
「じゃあね、ばいばい」
手を振る。
「・・・うん」
手を振り返しては貰えなかった。
和泉は教室の外へ消えた。
「帰るかぁー」
大きく伸びをして見た窓の外、飛行機雲が定規で引いたような軌跡を残していた。
>>雑談:END