アウトライン

放課後。西沢と村野登場。

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放課後、サッカー部の活動を終えた西沢と、それを待っていた帰宅部の村野、付き合いで残っていた橋葉は、静まり返った教室で雑談をしていた。

夕日が差し、教室がうっすらと赤く染まっている。

完全下校時刻まであと少し。

「橋葉たちのクラス、転校生来たんでしょ?」

短めの癖毛をいじりながら、西沢が尋ねる。

「転校生っていうか、何ていうか、似てるんだけどなー…」

答えようとして挫折した村野は、こちらに視線で助けを求めてきた。

橋葉は小さく溜息をつく。

「復帰生」

「そうそうそれ!」

馴染みがないからか、何度教えても村野の頭には「復帰生」という単語がインプットされない。

「休学してたってこと?何で?」

「それがわかんないんだよね。先生も何も言わないし」

『俺とだけ仲良くなろう』

泣いている和泉を見て、その様子があまりにも儚げで、とっさに浮かんだ言葉だった。

そういえば、あの時はじっくり考えている間も無かったが、和泉には謎が多すぎる。

おれと居ると不幸になる、とは一体どういうことだろう。

皆おれのせいで死んだ、とは、何を意味しているのだろう。

結局、入院していた理由は何だったのか。

考えを巡らせていると、突如村野に、なあ?と同意を求められた。

「ごめん、聞いてなかった 何?」

「和泉が休学してた理由、分かんないよねって話」

そのことか、と一人合点する。

「……いや、入院してたらしいよ」

言うべきか迷ったが、どうせ自分も詳しく知っている訳ではない。

それにこの二人しかここには居ない。

そう判断しての発言だった。

「入院?」

西沢が、目を丸くして問いただす。

村野もえっ?という表情。

「章なんでそんなこと知ってんの」

「担任から聞いたんだよね、サポートしてやれって」

「そんなことより、入院ってガチ?一年も?大丈夫なのそれ」

部活動中の怪我で、3ヶ月も入院するはめになった経験のある西沢は、深刻そうに呟く。

「大丈夫…ではない感じだよな、気になるけど、本人に聞けないからなあ」

「聞けないって?どういうこと?」

西沢はまだ一度も和泉を見ていない。

疑問は尽きないらしい。

「まず、近づけない。怖くて」

「……まさかすっごい不良なの?数々の修羅場を潜ってそうな、殺気だった感じとか」

あまりにかけ離れた想像に吹き出す二人。

確かにこれは和泉本人を見ないことには分からないだろう。

「あはは!違う違う、寧ろ逆。すっごい華奢で、一見誰よりも美少女だよ」

村野の『誰よりも美少女』という形容が、あまりに的を射ていて少しだけ感心する。

ストレートな表現は苦手だ。

そもそもそんな言い回しが浮かばないのだ。

一方西沢はというと、ますますクエスチョンマークが浮かびそうな表情になる。

「綺麗すぎて、近づけないってこと?そんなのってありえる?」

「近いけど、何か違うんだよなあ…見てみれば分かる…ってか話してみたいなあ~」

独り言の様にぶつぶつと言葉を並べる村野。

自分は話すどころか、コミュニケーションまで取った、ということは言わなかった。

それはちょっとした、子供じみた優越感だった。

「とにかく人間じゃないみたいに綺麗でさ、怖いくらいに無表情なの」

「……なのに話してみたいの?」

「だから見てみないと分かんないよこれは!」

あの漠然とした好奇心を抱いたのは、俺だけではなかったようだ。

「…まあ、和泉のことは皆不良だろうって言ってるし、俺もそうじゃないかなってちょっとは思ってるけど…」

依然として不思議そうな表情のままの西沢に、言いにくそうに村野が続ける。

「こないだ授業中に教室から出てったんだよね、和泉。結局その理由も良く分かってないし。くだんねーとか思ったんじゃないの?まあ古典の授業は俺も飛び出したいけどね」

「うわあ…度胸あるね… それで綺麗ってことは、相当気ぃ強いよ。絶対」

その日の事は多くの人に誤解されていて、それではあまりにも和泉が可愛そうで、本当のことを言おうとしたその時、視界に人影を捉えた。

教室の入り口に和泉が立っていた。

夕日の逆光でシルエットしか確認できないが、細すぎる体型ですぐにそれと分かる。

「和泉」と俺が呟いたのを聞いて、ばっ、と二人が振り返り後ろを見る。

わあ、と西沢が感嘆の溜息を漏らす。

間近で和泉を見て、加えてそれが予想もしなかったタイミングで、固まっている二人を代表して質問する。

「和泉、どうしたの、こんな時間に」

「……課題、置いてきちゃって…」

案の定、二人には見向きもせずに、ぱたぱたと少し早足でこちらに来る和泉。

人が嫌いだから、人に興味が無いというのは理にかなっていた。

なんでこっちに来るんだろうとか一瞬考えて、自分が和泉の隣の席だと思い出す。

つまり、俺もそれだけ動揺していたということ。

机の前まで来ると、しゃがんで机の中を探り始める。

座っている俺には、和泉の後頭部がすぐ左下にあった。

制服の襟から細い首筋が見える。

夕日を浴びてただでさえ色素の薄い髪が赤みを帯びて、ありきたりだけど、とても綺麗。

(…睫毛、なが…)

「…何の、課題?」

ふわふわとした髪の動きに、瞬きをするたびに揺れる長い睫毛に、見入ってしまいそうで、無理やりに話題を投げかける。

「…化学」

会話終了。

それでも、返事が返ってくるだけで嬉しいだなんて、どうかしてる。

目当てのものが見つかったらしく、机から化学の問題集を引き出す。

「わ、大丈夫?」

立ち上がろうとしてふらつき、ぐらりと上体が揺れるのを支えると、和泉は身体を硬直させた。

うすうす感づいてはいたが、人に触れられるのみ触れるのも、よほど嫌いらしい。

すぐに薄い身体は体勢を整え、離れていってしまう。

(もしかして貧血持ち…?)

「大丈夫?」

もう一度、顔を覗きこんでそう尋ねると、ん、と頷く。

その姿があまりにも可愛らしくて言葉を失った。

「見れば分かるって、そういうこと…」

来た時と同じリズムで和泉が教室を去ったのを確認して、放心したように西沢が呟いた。

だろ?となぜか村野が得意そうにしている。

「課題取りに来るって、超真面目じゃん。全然不良じゃないんだけど」

「俺も思ったよそれ!…噂に流されて、反省した」

沈黙が訪れ、口を開くのは躊躇われたが、やっぱり誤解されたままなのはあんまりだと思い、重い空気を破る。

「…さっき言おうと思ったんだけど、教室出て行ったのって、本当に具合が悪かったからだよ。本人は気にしてないから、広めなくてもいいけど、ほんと辛そうだったから」

そう言うと、二人が顔を向けた。

どういう訳か、鋭い視線。

「…さっきも思ったけど、章やたら和泉と親しくない?」

なんかずるい、と俺を睨む村野に、僕も思ったー、と西沢が加勢する。

今度ははっきりとした優越感。

なんとでも言え。

「まあ、色々あってね 俺、サポート係だし」

「うわっなにその余裕」

「僕も和泉と仲良くなってやろう!名前覚えて貰う!」

何かのゲームのように言う西沢。

いいんじゃない、と心の中で同意する。

和泉に笑ってほしかった。

完全下校のチャイムが鳴る。

気がついたら窓の外の景色は、夕闇に包まれようとしていた。

〈アウトライン:END〉