no title days <においのある亡霊>

榎本真澄が店を飛び出した後。

「ついていったほうがいい気がします」と、提案したのは瀧本だ。
「店の外、誰かいます。榎本さんの後付けてる」

そう、続けて。

 

「ひいっ」
「あっ!待て!この野郎っ」

不意を付いて、男が逃げ出した。瀧本は、転がるように駆けていく男を追いかけようとして「瀧本くん!」瀬尾間に呼ばれた。

「瀧本くん、いいよそいつは!それより、こっち!」

でも、と言いかけて、振り返った瀧本は気がついた。
榎本の震える背中が丸まっている。

「瀧本くん、なにか、受けるものないかい。榎本くんが吐きそうだ」「榎本くん、大丈夫だから、このまま出しちゃいな。苦しいでしょ」

ゆるく、けれど頑なに首を振る。どうしてもこの場に吐きたくないようだ。それもそうだろう。外で暴漢に襲われるなんて、もちろんそんな経験はないけれど、人目がある中で吐きそうだなんて嫌に決まってる。
何かないか、そう思って、右手に紙袋を下げていたことを思い出す。洗濯のため、持ち帰ろうとしていたエプロンだ。
瀧本は迷わずそれを取り出した。

「ほらっ、これ。いいよ、どうせ汚れてるし。今日トマト缶引っかけたんだ」

素早くエプロンを受け取ったのは瀬尾間で、きつく口もとを覆う榎本の指をゆっくりとはがす。膨らんだ頬が目に飛び込んできて、瀧本は心臓を掴まれたような気持ちになった。

「――――ぐ、…………おえっ、んぐ…………っ、うぇえっ」

ばたばたばたっと一気に吐いて、エプロンにどろっと吐物が広がった。瀬尾間はあやすようにゆっくりとその背を撫でる。二度、三度、嘔吐が続く。

「…………クソ、逃げられた。上に乗ってやれば良かった」

これ以上見てはいけないような気がして、瀧本は男の逃げた方向に顔を向けた。まんまと逃げられて悔しい思いをしているのも事実だ。

「大丈夫。身元は掴んでるよ」
「えっ?」
「カードケース。ここに落ちてた。免許証もバッチリ」

瀬尾間の手には、地味な黒革のカードケースがあった。つまむようにして掲げながら、口の端でにやりと笑う。

「あいつ、よく物を落としてくれるからね」
「……?」

笑みの理由は分からなかったが、「後で話すよ」と瀬尾間が言うので飲み込んだ。

「…………さて、榎本くん。立てるかい。ここじゃ落ち着かないだろう。ちょっと戻るけど公園があった。一回座ろう。な?」

踞る薄い背中に声をかける瀬尾間。近づいて屈むと、榎本真澄はガチガチと歯を鳴らしていた。こんなに震えるほど怖がるくせに、狙われていると分かっていながら夜道を一人で帰るなんて。それだけでなく、より人気のない路地へ、男を誘(いざな)ったようにも見えた。まったく、何を考えているんだ。

「えーー……と、エノモトさーん……」

沈黙に耐えられなくて、瀧本はそっと肩に手を伸ばす。途端、榎本真澄は弾かれたように振り返って身を固くした。揺れる大きな瞳が、ゆっくりと瀧本を見上げる。
冷や汗で前髪を額に張り付かせて。長めの髪の毛が幾筋か口に入って。吐いたもので、口もとを、服を、手を、汚して。

 

――――参った。

 

(…………俺は、この顔を、知ってる)

***

全身強張ったままの榎本を、瀬尾間がどうにか宥め、落ち着かせて、おおよそ二十分の時間をかけて、三人連れ立って夜の公園に移った。

ベンチに座って俯く榎本を見下ろす。並んで腰を降ろせるほど、瀧本は図太くなかった。所在なく砂利を踏んで沈黙に息をひそめる。
瀬尾間の指示で、座る前、水道で口を濯がせている。蛇口の位置が低かったせいで、榎本が髪の毛と洋服の前を僅かに濡らしてしまったのが見て取れる。
瀬尾間は水を買ってくると言って自動販売機に向かい、榎本はまるで空っぽのような顔をしてベンチに座っている。瀧本の足元には、汚れたエプロンの入った紙袋が置かれていた。

「榎本くん、瀧本くん」

発する言葉が見つからず、どうしたものかと考えあぐねているうちに、小走りで瀬尾間が戻ってきた。ペットボトルの水と、缶コーヒーを二つ持って。「はい」とコーヒーを一つ瀧本に手渡す。なかなかどうしてスマートで、瀧本はほんの少しの驚きとともに冷えた缶を受け取った。

「…………すみませ………」

まるで動かなかった榎本から、ようやく出てきた言葉は謝罪。

「水、飲める?キンッキンだけど」
「あ………はい」

緩慢な動作で受け取って、けれど力が抜けているようで、榎本はキャップを外せずただ蓋を握る。

「あっ。ごめんね、気がきかなくて。……はい、どうぞ」

瀬尾間に蓋を緩めてもらってなんとか口に運ぶけど、その動きはどうも危なっかしい。ペットボトルごと奪い取って傾けてやりたい気持ちになる。
ひとくちを、ゆっくりと飲み込む。喉仏が小さく上下する。
この沈黙に耐えられるほど大人じゃなくて、瀧本も缶コーヒーを傾けた。
味なんてまるで分からなかった。ただ、よく冷えた液体が喉を滑り落ちる感覚は久しぶりに爽快で、ようやく人心地ついた気がした。

「…………ごめんなさい」

少し湿っぽい夜の公園は、消え入るような囁きを拾うのにじゅうぶんな静かさだった。示し合わせたわけでなく、瀧本も瀬尾間も続きを待つ。

「俺、あんただと思ってた」

 

***

 

あんたが、あのストーカーだと思ってた。

「ごめんなさい」頭を下げる。それ以外に、どんなふうに伝えたらいいのか分からなかったから。
「え?何?えぇ?」困惑しきりなのは瀬尾間のほうで、当の瀧本はというと、何も言わずに立っている。微動だにしない瀧本のつま先をしばらく見つめ、真澄は顔を上げた。鍵穴にはまるように、瀧本と視線が合う。

変質者扱いされたにも関わらず、そこには怒りも当惑もなかった。

「………そーだろうなと思ってたよ」

そう言って、瀧本は地べたに腰をおろした。足を放り出して夜空を仰ぐ。靴底と、むき出しの喉仏が顕になった。
直感。この人、敵じゃない。

「ちょっと待って。一体なんだって榎本くんは、こいつがストーカーだって思ったのさ」

瀬尾間の問いはもっともだった。こいつ、と言って瀧本を指さす気安さは、仕事中には見られないものだ。

「…………すごく、見られてたから」
「…………それだけ?」

ぽかんと口を開けた瀬尾間が真澄と、瀧本とを交互に見比べる。そして「俺も、榎本くん見てたけど」真面目な表情でそう続いた。
真澄は慌てて首を振る。ちがう。そうじゃなくて。だめだ。言葉が足りない。

「………つけられてんのに気付いてないから」繋げたのはあぐらを組んだ瀧本。
「俺が?」
「ほんっとに気付いてねーのな!」
「ごめ、」
「キレてない。呆れてんの」

聞けば、あの中年男はおおよそ二週間から店の周りをうろついていたそうだ。二週間前といえば、ちょうどSNSで写真が広まったころだ。
あれ、と瀬尾間が首に手をあてる。

「え?でもあいつ、店に来たのはもうちょい前だったよね。瀧本くんは知らないか。いつごろだっけね、財布忘れて、榎本くんが駅まで届けたんだよね」

取り立てて特徴のない顔だったが、瀬尾間も覚えていたようだ。なにかをつまんで揺らしていると思えばそれは誰かの免許証で、視線に気付いた瀬尾間が「あのストーカー野郎の。ポイントカードから社員証までよりどりみどり」と補足した。

まさか、あの混乱の最中に抜き取っていたのか。

「いつの間に……」
「さっき。あいつほんと、よく落とし物してくれるね」
「じゃあつまり、あいつは財布を届けた榎本さんに惚れ込んで、その後拡散された画像を見つけて、また店に戻ってきたってわけですか?」

忘れ物の一件を知らなかったらしい瀧本に、瀬尾間は簡単に説明を添えた。財布に新幹線のチケットが入っていたこと。新幹線の予約時間から逆算して駅を発つ時間を推し量り、真澄が駅まで走ったこと。瀧本は「うわ」とか「へえ」とか相槌を挟みながら聞いていた。

 

ストーカーは身元もすべて丸裸。疑っていた瀧本は、むしろストーカーから守ってくれた恩人で、追っ払ってくれたヒーローで。
一件落着?違う。そんなわけない。瀧本にだって、疑われて当然な不自然さがあったじゃないか。

 

「…………でも、じゃあ、写真は」

歓談モードの空気に水を差すのは躊躇ったけど、どうしても確認しないわけにはいかない。

「瀧本さんのロッカーに………俺の写真……」「茶封筒に、俺の写真、何十枚も」

言いながら、声が震えた。
ああまったく嫌になる。
知らぬ間に撮られた写真が世間の目に晒されたんだ。奥底にしまい込んだ苦い記憶が這い上がる。

「………どういうこと?なんか理由あるんでしょ、瀧本」

自分の呼吸の音が聞こえていた。瀬尾間の手が肩に触れて、声だけでなく体まで震えていたんだと気付かされる。
「見たのか」と驚きに見開かれた瀧本の瞳は、しかし一瞬で伏せられてしまう。

「郵便受けに入ってたんですよ。宛名も差出人もなくて、切手もなくて。怪しいなと思って開けてみたら……って、感じで………。後で言おうと思ってたんすけど、思わず、ロッカーに隠しちゃいました。すみません、先に報告するべきだった」
「そんなことがあったのに俺にも店長にも報告しなかったのは落ち度だね。なんですぐ言わなかったの」
「………それは、ええと」

ちらりと目線だけでこちらを見た。口に入れた苦いものを、毒と知りつつ噛み潰さないといけないとしたら、たぶんこんな顔。

「…………ゴミが一緒に入ってたんで。知ったら、嫌だろうと思ったんで………。誤解させました。すみません」

二度目の謝罪は真澄に向けられたものだった。

「今朝、森谷とゴミ捨て出た時見つけたんです。写真とゴミの入った袋。………気味悪かったですよね、同僚のロッカーに隠し撮り写真って」
「いや…………俺こそ、勝手にロッカー開けて、勝手に勘違いして、ごめんなさい」
「ちょっと待って。ちょっと待ってね、ややこしくなってきた。この話、榎本くん嫌かもしれないけど、今度落ち着いて聞いていいかい。もちろん瀧本からも。あの変態も警察に突き出さないといけないし」

今日はもう帰ろうと、瀬尾間は両腕を擦った。確かに、夜もずいぶんと遅くなり、肌寒くなってきている。

「あっ」

はっとして、ポケットからスマホを取り出す。
着信を知らせる点滅。着歴、百五十六件。
未読メッセージの数は見なかったことにしよう。
生活リズムが入れ違うようになってからは、逐一行ってきますも帰りますも連絡することはなかったが、さすがに遅すぎた。

「あーー……あの、えーと」
「電話?もちろんどうぞ」
「すみません」

嫌な予感と反省と、半々の気持ちでコールバックをタップする。
ワンコールと待たないうちに、通話は繋がった。

『真澄くん!?』
「よっ、佳隆さ、」
『今そっち、向かってるから、絶対に動かないで』

走っているのだろう、息の上がった佳隆の声は思わず耳から離したくなるボリュームだ。普段まるきりデスクワークなのに、全力疾走している姿も、翌日の筋肉痛に顔をしかめるところまで想像できた。

『良かった。次、繋がらなかったら、警察呼ぼうと思ってたんだ。警備会社には連絡したから、そっち、今から向かってもらって……』
「待って、待って。落ち着いて。俺、大丈夫だから。警備も呼ばなくていいから!」
『誰かそこにいるの?怪我してない?もう着くから、お願いだからそこにいて』
「分かった、分かったから。電話出られなくてごめん。ちょっと色々あって、ちゃんと話すから」

その場を動くなと何度も何度も念押され、何度も何度も頷いて、なんとか電話を終わらせる。警察だの警備会社だの、すっ飛んだ佳隆の発想も、今回ばかりは笑えない。それくらいの事態だったと自分でも分かる。

ようやく静かになった液晶画面は煌々と眩しかった。

佳隆の声(半狂乱だったけど)を聞いて、正直ほっとしたのも束の間、この場にいる同僚二人を思い出す。しまったと思い目線を上げると、呆気にとられたような、困惑したような、曖昧な苦笑いがふたつ並んでいた。

「やーー……なんというか、すごい勢い………いや、そんなふうに言うのは違うね。榎本くんのこと、すごい心配したんでしょう」
「………そうみたいです」
「迎えに来るって?この場所分かるかな。僕も分かんないや。ここ、なんて公園だろう」
「あ、分かると思います。GPSで……」
「じ、ジーピーエス?」

これだって、普通じゃないのかもしれない。
今度は明らかな呆れ顔の二人に、「君がいいなら」と労うように頷かれ、腹の底をくすぐられた気分だった。

***

およそ五分後、血相変えて走ってきた長身の男は「ヨシタカ」と名乗った。
そりゃあもうもの凄い勢いで飛んできたものだから、驚きを通り越して笑うしかない。榎本真澄と、見知らぬ男がふたり。それだけでこの熱い男が早合点するには十分で、「何ですか」と初手から似合わぬ喧嘩腰だ。
榎本真澄はおそらく慣れているのだろう、優男然としながらドーベルマンにもなりかねないヨシタカを引っ張り、宥め、自らの無事を伝えている。

「だから、この二人がバイト先の人だって。変なやつにつけられてたとこを助けてもらったんだって言ってるだろ」
「あ……ああ、そうか。申し訳ないことをしたみたいだ。ええと、僕は佳隆と言います」
「それはさっきも言ってたよ、佳隆さん」

なんなんだ、いったい。
出し抜けに冗談みたいな掛け合いがはじまって、耳も目も、呆気に取られて二人を追う。
「あの、申し遅れました。私、瀬尾間といいます。こっちは、社員の瀧本。榎本くんの働いてくれているレストランで、自分がチーフマネージャーをやってます」
瀬尾間はやはり真っ当な大人で、年長者らしく事の次第をかいつまんで説明した。
少し前から榎本真澄を狙ったストーカーが現れていたこと。何人かがそれを知って警戒し続けていたこと。今日、件のストーカーが、退勤した榎本真澄の後をつけていることに気付いたこと。
榎本真澄本人にとっても初耳だったようで、何度か目を丸くしていた。まったく、危なっかしいにも程がある。他人への警戒心は強そうなのに、このアンバランスさはなんだろう。この見た目だ。危険な目にあったのもきっと初めてじゃないだろう。安全への無頓着さには、呆れを通り越していっそ感心できるくらいだ。
「―それで、私達二人で追いかけてきたんです。ストーカーには、逃げられてしまいましたが」
「そんなことが………。ああ、でも、真澄くんが無事で本当に良かった。お二人ともありがとうございます」
「とっ捕まえることはできませんでしたが、身分証一式揃ってますんでお渡しします。使い方は任せますよ」
煮るなり焼くなり。そんな言葉と一緒に、黒い合皮のカードケースが佳隆氏の手に渡る。何も言わずにポケットに差し込んでいたが、一拍遅れて「盗ったの?」と驚きの表情を向けてくる。
このヒト、もしかしなくても、かなりズレてるんじゃないだろうか。

 

その後、二人は並んで帰っていった。ここから歩ける距離ではあるが、隣の通りに出てタクシーを捕まえると。瀬尾間が「じゃあまた、バイトでね」と手を振った時には、榎本真澄は少し驚いたように目を開けていた。

佳隆氏は相当すっ飛んだ人物だったが、〝あの〟榎本真澄が自ずから腕に掴まって、肩を寄せるようにして去っていく背中を見て、それだけでもう十分だった。彼の人柄を想像するのにも、彼らの関係性を推し測るのにも。

 

二人の背中が見えなくなって、どっと疲れが湧いてきた。瀬尾間とふたり、どちらが声をかけるでもなくベンチに腰を下ろす。街灯にぼんやりと照らされたポール時計を見れば、もうとっくに日付が変わっていたた。

「なんか、倍疲れたかんじ」

ひとり言のように、瀬尾間が呟く。

「ヨシタカさん、ヤーバかったっすね」
「そうだよね!?あー良かった。瀧本くんもそう思ったよね!?もう僕、最近の子の、こ、コイビト?って、みんなあんな感じなのかと思って、どうしようかと」
「いやいやいや、ないでしょ!ないない」

瀬尾間は良かった良かったとしきりに繰り返し、二人が去っていった公園の入口を見やる。薄明かりの下、茶ブチの白猫が悠々と横切っていた。

「榎本くんは猫みたいだ」

茶ブチの背中を遠目に瀬尾間が言う。

「そうですね」短く、瀧本は返す。

 

前はもっと、縄張り争いに破れた手負いのけものみたいでしたよ――――とは、口に出さずに飲み込んだ。

 

「ねえ、瀧本くんは彼女いないの。あ、彼氏でもいいけど」

突拍子もなく話題の矛先を向けられてぎょっとする。捨てどころがなく手に持ったままのコーヒー缶が手のひらから抜けていった。

「な、なんですか、いきなり」
「あっ、その顔はいるんだね」
「いいじゃないですか、なんでも」
「良くない良くない。おじさん疲れたから、若人のエネルギッシュな話聞きたい」

ねえねえと、瀬尾間は次々に質問を投げる。浮かんだ興味をよく吟味もしないままそのまま口に出している感じだ。勤務後にこんな騒動があって、相当、疲れているのだろうし、おまけにハイになっている。

「彼女、かわいい?」「一緒に住んでるの」「どこで出会ったのよ」

困った。一つ答えたら全部答えないと終わらなそうだし、かといって沈黙を貫くのも、瀬尾間には答えとなりそうだった。

「もう、帰りましょうよ。あ、二次会とかやってますかね。連絡取ってみますか」
「飲む気分じゃないからいいよ。帰る帰る」
「言いましたね。ほら、帰りましょう。瀬尾間さん立って」

瀬尾間は駄々っ子のように足を伸ばしていたが、腕を引けば素直に立ち上がった。立ってしまえば、上背は瀧本を軽く越え、幾分かしゃんとして見える。

「瀧本くん、彼女にはなんて呼ばれてるの」

公園を歩きながら、なおも質問攻めは続く。瀬尾間は完全に面白がっていた。子どもみたいなからかいには、初手からさっぱり答えてやるほうがいいのだ。そうは分かっていてもなかなか器用に返せない瀧本は、しばしば瀬尾間のいじられ役になっていた。
一滴も飲んでいないのに、酔っぱらいのような絡み方じゃないか。こうなった瀬尾間はめんどくさい。

「別に、普通です」と瀧本。「普通って?」と含み笑いの瀬尾間。
「春浩って、普通に、名前ですよ」

聞いておきながら、瀬尾間はつまんなーいと小突いてくる。

「なんかもっとさあ、ハルくんとか、ヒロちゃんとか」
「呼ばれないですよ」

 

瀧本春浩。それが、瀧本のフルネームだ。

 

高校三年生の春。俺は榎本真澄と同じ教室にいた。大きな校舎の裏庭、桜の木の下でうたた寝する彼を見た。どこを見ているのか分からないぼんやりとした視線を、その横顔を、時折盗み見ては目を逸らしていた。

 

「てか瀧本くん、電車だったよね」「ねえほら、終電無くない?」
瀬尾間に言われて時間を見る。本当だ。帰ろうったって、もう、終電なんてとっくに終わった時間だった。
ファーヴェ・ディ・カルピーノの従業員は、ほとんどが徒歩圏内か、車通勤だ。今日みたいな飲み会の日は、遠方組はオール前提で杯を煽る。瀧本も本当ならそのつもりで、始発で帰る算段だったのに。

 

当時の彼は、クラスの中の異分子だった。
馴染めていない、浮いている、言い表すならばそんな言葉になるのだろうが、どれも妙にしっくりこない。誰もがうっすらと好奇の目を向けていたが、誰も触れられない。そもそも、彼の視界には誰も映っていなかったように感じる。彼だけ、別の世界にいて、誰とも交わっていなかった。

 

間宮店長から、新しいバイトが来るとは聞いていた。その人が、キッチンに入るということも。履歴書が置かれていることは知っていたが、さして興味も引かれなかったからそのままにしておいた。まあ、追々見ればいいかと思っていたから。
だから、彼がバイトとして現れた時には驚いた。目を疑い、不躾にもまじまじと見入ってしまった。だってまさかそんなこと、あり得ないと思ったから。
「こちら、今日から入る榎本くん」と、瀬尾間に紹介された時には気付かなかった。
「よろしくお願いします!」と、気のいいあいさつを聞いた時も、記憶の中の榎本真澄とは結びつかなかった。だってそもそも、俺は彼と話したことなんてなかったのだから。
会釈くらい返そうと、顔を上げて、息が止まる。見間違える訳がない。恐ろしいくらいに整った、精巧な作りの美貌。薄そうな頬の皮膚。顎を引くようにして、長い睫毛に縁取られた瞳で少し見上げるようにこちらを見る。
俺は一度、あの瞳に殺された。

 

「榎本くん、辞めちゃうかな」
「えっ」

瀬尾間の言葉にドキリとした。バイトの話をしているのだと思い出すのに、数秒の間が必要だった。

 

高校三年生。夏の訪れを待ちわび、少し色を濃くした緑が若い風に揺れる時期。呪いのような出来事があった。当事者の榎本真澄にしたら、おぞましい悪夢以外の何物でもなかっただろう。クラスメイト誰一人として、あの日のことを忘れていないと断言できる。忘れることなんてできないほど、目に、脳に、深く焼き付いた。
あの日以降、榎本真澄は学校から姿を消した。一週間後には高校を辞め、つまり、自主退学としてあの教室から去っていった。

 

「――――どう、……すかね。ストーカーが出た職場だし、あんま、気分いいもんじゃないでしょうから」
「榎本くんの履歴書見た?」
「いや、見てないです」
「殺風景だったよ。彼、高校中退してるんだってね。とくに働いてもいなかったみたいだし、どういう生活してるんだか、聞いてみたかったけどそういうの話してくれる雰囲気じゃなかったじゃない。なんか訳アリなんだろうなって、思ってたんだよね」

こんな時間でも大通りには人の往来があった。通りに面したガードレールに瀬尾間とふたり、なんとなく並んで腰掛ける。

「続けてほしいなあって」

目の前を横切る酔っ払いを眺めながら、瀬尾間が言う。タクシーを捕まえるのかと思ったけれど、どうもその素振りはない。

「どんなペースでもいいからさ。なにかいっこ、彼がやり通したものが、うちのレストランだったらいいのになって思って」
「………そうですね」

その返答に嘘はなかった。

 

榎本真澄が高校を辞めたのも、辞めさせられたようなものだった。彼に降り掛かった厄災も、犯人はついに明かされなかったが、クラスメイト、あるいは教師の誰かによるものだと全員が気付いていた。教室にいたころの彼が頻繁に体調を崩していたことも、彼の家が明らかにマトモではないことにもみんな気付いていた。そうだというのに傍観し、距離を取り続けた結果がアレだ。

 

罪悪感なんて言葉はいっそ傲慢だ。
あの窮屈な世界から抜け出して、今の榎本真澄が穏やかに暮らせているのなら、このバイトも続けてくれたらいいと願う。罪滅ぼしには、ならないけれど。

 

「ところでさ、ゴミってなんだったの」ふと、瀬尾間が思い出したふうに言う。「写真と一緒に入ってたってやつ」
「あー……」
「瀧本くん、言いにくそうにしてたから。なんかヤバいものだったのかなって」
「……………………ゴム」

開店準備をしている時だ。ゴミ出しをして、郵便受けに挟まる茶封筒が見えた。その時のことを思い出して、自然と、苦い顔になる。

「なんつーか、その……使用済みの」
「…………うっそー……」

瀬尾間はドン引きの表情であんぐりと口を開けた。こんな顔の瀬尾間を見たことがない。がっくりと肩を落とし、両手で肩を抱くように身震い。「キッショ」そう、吐き捨てた。

「郵便受けは、森谷が念入りに除菌してくれたんで」
「そりゃ、森谷くんにもトラウマものだ。次会ったらフォローしないと……」
「それから、更衣室に盗撮カメラありました。たぶんあの男、何度かバックヤードに侵入してます。他のスタッフルームも調べたほうが良いと思います」
「早急に専門家を呼ぶよ」

大量の写真をどうしようかと更衣室に戻り、そこで、ロッカーの角にきらりと光るものを見つけた。いくつも並んだロッカーの列。その端のひとつ、ちょうど、榎本真澄のロッカーが画角に収まる位置。
いつから置かれていたのだろう。予備の靴や備品の山に紛れて、USBのような形をしたそれは、一見してカメラだと判別しにくいものだった。
高い位置にあるコンセントから引き抜いて手に取ると、動作中の機械らしい熱を持っていた。考えあぐねているうちに外から足音が聞こえてきて、反射でポケットに捩じ込む。ドアを開けて入ってきたのが渦中の榎本真澄だった時には驚いた。

「あ」

思わず声に出していた。瀬尾間がどうかしたのかと視線で問う。そうか。榎本真澄が俺のロッカーから写真を見つけたのはあの時か。あの時は、手にとってしまった怪しい機械のことで頭がいっぱいで、きっと大いに挙動不審だったことだろう。それだけで人のロッカー開けるか?と思わなくもないが、瀬尾間から、落とし物の財布を躊躇なく開けて持ち主の行き先を言い当てた榎本真澄のエピソードを聞いたばかりだ。彼なら、やってのけそう。

「瀧本くん、なに笑ってんの。もう君、相当疲れてるでしょ」
「瀬尾間さん、やっぱり、飲んで帰りませんか。この辺り、始発までやってる飲み屋あるんですよ」
「ええ?もー、いいけどさあ。なんなの、気になるじゃん」

榎本真澄が、次のバイトにも来てくれればいい、と改めて思う。彼も覚えていないようだし、高校時代の彼を知っているという事実は胸の中に仕舞っておこう。お互いに、ああ、あの時の!なんて、懐古できる関係ではないのだから。
きっと榎本真澄からしたら、元同級生がいるバイト先なんて嫌だろうとは思う。もし立場が逆だったら、俺はものの数分で姿をくらますだろう。
だけど、たぶんあの時の榎本真澄は、今の彼とはまるで違う。彼自身の本質は変わらないまま、彼の見える世界が変わったのだと思う。それが佳隆という男のせいかはわからないけど、なんというか、たぶんきっと、榎本真澄はあの教室で、本当の意味では生きていなかった。そして、俺はあの目に殺された。
今やっと、ようやく、初めましてと挨拶ができたのだ。

あの時は見ていることしかできなかったけど、今は違う。彼が自らバイトに申し込んできたのなら、彼にとって外の世界が必要になったのだろう。それを叶えるのに、うちのレストランはきっと向いている。
「瀬尾間さん。もし榎本さんが辞めないでくれて、また変なやつが出てきたら、全力で追い払いましょうね」
「そりゃあ、そんなの、もちろんだよ」

***

ミカンのシャーベットが食べたい。それか、レモン味のゼリー。
目を開けて、眠っていたことに気付いて、まず浮かんだことだった。

「真澄くん、起きた?」
「!」
「わっ、だめだよ、急に起きないで」

はっとした。寝てた。寝てたよ、俺。ここ、どこ。知ってる場所。俺の好きなにおい。佳隆の部屋だ。
混乱はすぐに着地して、真澄は深く息を吐いた。飛び起きようとした肩を優しく押され、体は再びベッドに沈む。

「え。うそ。いつ帰って………てか、え?今、何時?」
「えーっと、もうすぐ十二時になるところだね。よく眠れたなら良かったよ」

気分はどう?と、佳隆は問う。長い指で真澄の頬を撫で、乱れて張り付いた髪の毛を払う。反対側の頬には湿布が貼られていた。親指で下唇をつままれて、む、と声が出た。

「へいき」
「良かった。何か飲もう。持ってくるから、横になってて」

安堵に顔をほころばせ、佳隆は部屋を出ていった。真澄が不安にならないよう、扉を開けておくのもあえてだった。
起き上がるなと佳隆は言ったけど、目が覚めてしまって落ち着かない。ゆっくり体を起こして、壁に寄りかかって眉間を揉んだ。
伸ばした足の方に、文庫本が一冊。床にはクッションとブランケットが置かれていた。俺が起きるまで、ずっとここにいたんだ―。その事実はくすぐったくて、同時に申し訳なくて、真澄は所在なく文庫本を手繰り寄せた。手持ち無沙汰に表紙を撫でながら、記憶を辿る。

 

昨夜、長い長い騒動を終え、迎えに来た佳隆とタクシーに乗り込んだところまでは覚えている。それからすぐに眠りに落ちて、泥のように一晩中ぐっすり眠っていたというわけか。タクシーからここまで、佳隆に運ばれたのだろうか。寝惚けながらでも自力で歩いていていればいいけど。まるで記憶にないせいで、他人事みたいに祈ってしまう。
足音がして、トレーにグラスを乗せた佳隆が戻ってくる。

「ジャスミン茶。冷えたのはこっち飲んだ後でね」

言いながら佳隆は、グラスをひとつ差し出した。真澄が両手で受け取ると、しっかりと持てたことを確認してから手を離す。
トレーにはもうふたつ、グラスが並んでいた。ひとつには氷が入っている。キンキンに冷えたものが飲みたい気分だったが、ここは佳隆の言うことを聞いておこう。貰ったグラスを傾けて、花の香りがするお茶を喉に滑らせる。常温の液体は乾いた細胞ひとつひとつに染み渡るようだった。

「昨日の話、してもいい?」

唇を湿らせて、真澄は切り出した。
真澄と同じく常温のジャスミン茶を飲んでいた佳隆は、少し驚いた顔で頷いた。グラスをサイドテーブルのトレーに置く。

「君が、大丈夫なら」
「平気。…………心配かけて、ごめんね、佳隆さん」
「連絡がつかなくて動転したけど、真澄くんに怪我がないなら、もう、それでいい。本当に、もう、どこも痛くないね」

くもりのない真剣な顔。真面目な眼差しをおもむろに向けられる。
涼しげな瞳にすっと通った鼻筋。さらりとした和風の顔立ちはそれだけ見れば冷たい印象も受けるが、佳隆の少し浮世離れした性格や、基本的には温和な人柄が柔らかな雰囲気を足している。佳隆は、俺の顔を綺麗だとか言うけれど、俺からしたら佳隆のほうがよっぽどきれいに整っている。と、真澄は常々思っていた。

「うん。……や、ちょっと顔のこっちが痛いかな。中が腫れててしゃべりにくい」

あの男に殴られた側の頬に指先で触れてみる。寝ている間に湿布が貼られていたということは、見て分かるくらい腫れていたのだろう。

「俺さ、佳隆さん以外に腕とか、体とか、触られんのすげー嫌みたい」

ぽつりとそう呟いた真澄に、佳隆は目を丸くした。そして、思わず吹き出す。

「そっか。そうだね、そうじゃなきゃ困るよ」
「べたべたされんのも嫌い。後ろに立たれんのも嫌い」
ひとつひとつ、嫌いを指折り数えていく。うん、そうだね、と、佳隆はゆったりと相槌を返す。
「ぜんぶ嫌じゃないの、佳隆さんだけだ」
「君は…………相変わらず、すごいこと言うね……」
「そうかな」

佳隆はベッドの上にそっと腰掛けた。ひとりぶんの体重が加わってフレームが軋む。
「飲む?」と冷えたほうのジャスミン茶を渡される。ああ、甘やかされてるな、と、再確認するのはこんな時。佳隆には、甘えてもいい。じゃあ、他は?ちょうどよく冷えたお茶が喉をすべり落ちる。

「ちょっと勘違いしちゃって、昨日の二人には失礼なことしちゃったなあ。真澄くんがバイトしづらくなってないといいんだけど」
「えっ?」
「ほら、僕、公園で二人を見た時犯人だと思ったからさ。最初すごい、態度悪かったから」

たしかに、あの時の佳隆は掴みかからんばかりの勢いがあった。自覚、あったんだ――

「って、そうじゃなくて。そうじゃなくて――――……バイト、行っていいの……?」

信じられない思いでそう言うと、佳隆もまた、驚いた顔をして見返してくる。「あれ」と呟いて、お互いに、瞬きを数回。

「ほんとうだ。僕、今までなら絶対に止めてたね」
「うん。そうだと思う」
「真澄くんは、続けたい?」

即答しようとして、言葉に詰まる。
バイトは楽しかった。外の世界に出ていくことも、体を動かすことも。佳隆以外の人と過ごして、佳隆以外の人と話す時間が増えたことで、自分は、もっと佳隆が好きになった。

だけど、あんな面倒を起こして、おまけにひどい醜態を晒しておいて、あのレストランで働き続けてもいいのか、判断がつかない。
迷っていると、佳隆が眉を下げて笑った。

「真澄くんが、どうしたいか、だよ」

どうしたいか――――

拒絶は怖い。お前は不要だと切り捨てられることも。
寂しさを乱暴に、強引に埋め合わせていたのは、相手のほしいものを与えている間は許されたような気がしていたから。相手の望むように振る舞ったのは、拒絶されたって生身の自分が傷つかなければ平気だったから。
でも、今なら。今なら、失敗したって帰る家がある。お帰りと言われて、ただいまと言える。俺が帰るだけで、喜んでくれる佳隆がいる。

「…………続けたい。次のシフトも、店、行く」
「うん。そうしよう。昨日の、えーと、瀬尾間さんだっけ。彼も真澄くんが来るのを待ってるみたいだったし」

それに、と佳隆が付け足す。

「僕も真澄くんが働いてるところ見てないし」「いつ見に行こうかな。エプロン巻いた真澄くん、似合うだろうなあ」

佳隆は佳隆で、仕事が一段落ついたようだった。しばらく自由だと伸びをする。どこか出かけようかと、肩をほぐしながら聞いてくる。
佳隆も、変わった。
それは心地よく穏やかな変化。
安全な余白があるから、ひとは自由に選ぶことができる。

「やだよ。来なくていい」

照れ隠しにそう言うと、緩んだ頬をつままれた。

「嫌だね。僕が見たい」

一人で行かせるのは心配だからと、次の出勤に佳隆も付き添うという。お詫びに菓子折りでも持っていこうかな、なんて続けて。「過保護すぎ」といちおう不満を唱えたが、うれしいような、気恥ずかしいような、くすぐったい気持ちが隠しきれない。

 

次のバイトは三日後だった。宣言通り、佳隆も一緒にファーヴェ・ディ・カルピーノについてきた。手土産の紙袋を下げて。
いつものようにスタッフルームに入ると、瀬尾間に大袈裟なまでに迎えられた。奥から間宮店長もやってきて、騒動について深々と頭を下げられる。いやいやそんなと頭を振って、それでも間宮は頭を上げなくて、佳隆が紙袋を差し出すことで収拾がついた。
件のSNSに載せられた写真の件は、無事に削除が確認されたらしい。間宮の報告に、「こちらも、あのストーカーの身分証一式は警察に預けました」と返す佳隆。いつの間に……と、思わず佳隆を見上げていると、横から瀧本がやってきた。

「おつかれさん」
「えっと。お騒がせ、しました」
「それは、べつに……」
「これ、佳隆から二人に。態度悪かったお詫びだって」

紙袋を掲げると、中身がぶつかりカチャリと微かな音を立てた。佳隆と一緒に選んだ菓子折りは、瓶入りのフルーツゼリーだ。
瀧本は、ぽかんと口をあけて、紙袋と真澄を交互に見やる。

「ふっ、なにそれ。ほんと、おまえら、おかしすぎ」

瀧本は、堪えきれないといったように途切れ途切れに笑い出した。「ちょっと、なにそれ」予想外の反応に真澄は動揺する。うつむき、肩を揺らして笑う瀧本は、真澄には新鮮な衝撃だった。

「ああ、そうだ。蒲田さん再来週から復帰だってよ。さっき差し入れ持って顔出した。榎本さんに、すごいお礼言ってたよ」

笑いが収まらないまま、瀧本は共用の大テーブルを指差す。その先を見れば、たしかに菓子箱が置かれている。蒲田が戻ってくるのなら、自分はまた、裏方に戻ることになる。佳隆にも、一応、いちおうだけど、伝えておこう。

「そっか。じゃあ………また、よろしく」

何気なく右手を差し出すと、瀧本はまたも信じられないものを見る目で真澄を見た。そして、まるで薄いガラスを触る時のように、おそるおそるその手に触れ、握り返す。

「真澄くん」つと、佳隆に呼ばれた。間宮との話を終えたらしい。するりと離れていく手のひらを、瀧本は見送る。
「そろそろ帰るね。仕事、頑張って」
「ん」
「終わったら連絡して。迎えに来る」
「いーよべつに、迎えなんて」
「今日だけ。僕の運動不足解消だよ」

不満顔をしてみせる真澄と、笑い合う佳隆に、瀬尾間と瀧本は顔を見合って肩をすくめた。「まーた始まった」と、瀬尾間はなんだか機嫌がいい。瀬尾間はこの二人の珍妙なやり取りを楽しむことにしたのだ。

真澄はロッカールームに向かい、佳隆は裏口からそのまま帰っていった。ランチタイムが近付いて、客入りが増えてきたらしい。「瀬尾間さん!瀧本さん!早く来て!」バイトの子に呼ばれて、二人も慌ただしく店に出る。

だれもいなくなったスタッフルームのテーブルの上。蒲田の持ってきたそら豆の豆菓子と、箱に入ったままのカラフルなゼリーがひっそりと、だけど賑やかに並んでいた。

***no title days <においのある亡霊>:END

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